鉄のカーテンの向こうに流れてはいけないもの――冷戦と技術の封じ込め戦略「CoCom」
鉄のカーテンの向こうに流れてはいけないもの――冷戦と技術の封じ込め戦略「CoCom」

米中対立、さらには米中冷戦の火ぶたは切られた。この歴史的転換はかつての「米ソ冷戦」のときと同じである。科学技術は新冷戦の主戦場の一つとしてその舞台を提供することになるだろう。

米ソ冷戦期の科学技術の冷戦の舞台は「CoCom体制」と、それを中心とした対ソ封じ込め戦略における技術管理であった。この歴史的意義を、現代的視点を織り交ぜながら、当時の空気や緊張感を体感的に伝える構成でまとめた長文記事をお届けします。


「技術は武器だ」。この認識のもとで世界が張り詰めた緊張の網の中にあった時代――それが冷戦である。


1.冷戦とは「見えない戦争」であった

1945年の第二次世界大戦の終結は、ナチス・ドイツ、日本という「明確な敵」の敗北と同時に、新たな見えない戦争の幕開けでもあった。

それは、米国を中心とする自由主義・資本主義陣営(西側)と、ソ連を中心とする共産主義陣営(東側)との間に繰り広げられた、軍事衝突なき全面対決である。

これがいわゆる「冷戦(Cold War)」だ。

銃弾は交わされないが、技術、思想、諜報、経済、宇宙、科学、そして核――あらゆる分野が戦場となった。


2.「CoCom」――禁断の技術が共産圏に渡るのを防げ

その冷戦期、西側陣営が共産圏に対して最も警戒したのは、軍事転用可能な技術の流出だった。

なぜなら、一つの民生機械が戦車の照準器になり、コンピュータがミサイル誘導に使われる時代が到来していたからだ。

こうした認識から、1949年に設立されたのが「対共産圏輸出統制委員会(Coordinating Committee for Multilateral Export Controls)」、通称「CoCom(ココム)」である。

CoComの目的は明確だった。

  • 共産圏(特にソ連)への先端技術、機械、素材などの流出を防ぐこと
  • 軍事力、特に核ミサイルや航空宇宙技術の増強に繋がるあらゆる技術の「越境」を制限すること

3.禁じられた機械:CoCom規制リストのリアリティ

CoComのリストに記載された物品は、軍需品だけではなかった。

  • 数値制御工作機械(NC工作機)
  • 大型計算機(メインフレーム)
  • 半導体製造装置
  • 高精度ジャイロスコープ
  • 赤外線センサー
  • 高強度炭素繊維
  • 化学兵器用の原材料

など、一見民間にも使えるが、高度な軍事力へ直結する恐れがある製品群であった。

このリストは、非常に精緻で、更新も頻繁に行われ、加盟国間で極めて厳格に運用された。

たとえば、日本からの輸出についても、通産省(現・経産省)において数千件単位で逐次申請が出され、それを精査して「これがソ連に渡れば戦略均衡が崩れる」と判断されれば、ただの機械であっても輸出は拒否された。


4.東京・秋葉原とソ連諜報員――科学技術をめぐるスパイ戦

冷戦はスパイの時代でもあった。実際、秋葉原や横浜の電子部品商社には、東欧の商社を装ったソ連諜報員が頻繁に出入りしていた

彼らの狙いは、以下のようなものである。

  • 米国製部品が日本を経由して第三国からソ連に流れるルートの確保
  • 日本企業から「民生品」として合法的に調達し、密かに転売するルートの構築

これを防ぐため、日本は米国とともに「非公式に」技術移転の監視体制を強化していた。つまり、日本は西側の一員として「技術の番人」でもあったのだ。


5.輸出を止められた技術と、日本の産業化

皮肉にも、CoComによって西側技術の対共産圏輸出が厳しく制限されたことで、日本国内での代替技術の開発が進んだ面もある。

たとえば、下記のような成果は米ソ冷戦、CoCom体制下で成し遂げられたことだった。つまり、封じ込めは、裏返せば日本にとっての技術的自立の契機ともなったのだ。

  • コンピュータ技術の国産化:米国製メインフレームが輸出できなかったことで、日立、富士通、NECなどが独自開発を加速。
  • 工作機械の自国開発:高精度NC機の規制により、オークマや牧野フライスなどの国内企業が世界水準にまで成長。
  • 素材産業の自立:航空・宇宙向けの高機能素材(セラミック、炭素繊維等)を自国内で研究開発。

6.CoCom体制の終焉とその教訓

1991年、ソ連の崩壊とともに冷戦は終結し、CoCom体制も1994年に正式に解散した。代わって設立されたのが、ワッセナー・アレンジメント(Wassenaar Arrangement)である。

この新体制は、冷戦時代の「共産圏封じ込め」から、「紛争地域やテロリズムへの拡散防止」へと軸を変えたものだった。

しかし、21世紀に入り、中国が軍事力と技術力を融合させて急成長したことにより、かつてのCoComに似た構造が再び蘇ろうとしている

たとえば、米国が2020年代に打ち出した対中半導体製造装置の輸出制限は、まさに「ネオ・ココム」ともいえる現代版の封じ込め政策である。


7.体感的に理解する冷戦とCoComの意味

冷戦期を生きていない世代にとって、「米ソ冷戦」や「CoCom」といった用語は歴史の教科書の中の言葉かもしれない。

しかし、その緊張と抑圧のなかで科学技術が「兵器」として監視された現実は、現在の「米中技術冷戦」にそのまま投影されている。

  • 民生品がいつ軍事に転用されるかわからない。
  • パートナーだったはずの国が、翌日には「制裁対象国」になるかもしれない。
  • 技術は「商品」ではなく、「国家の戦略資産」となる。

これは、すでに私たちが再び体験し始めている世界である。


8.米ソ冷戦を忘れた者は、米中冷戦に無防備に立ち尽くす

冷戦は終わっていない。形を変え、プレイヤーを変え、米中という新たな超大国間の覇権争いの中で「技術をめぐる戦い」が再び始まっている

私たちが「CoCom」を知るべき理由は、過去を学ぶためだけではない。

それは、今この瞬間にも展開されている新たな冷戦構造を、正しく理解し、備えるためなのである。