1.技術安全保障という概念の誕生と変質
(1)技術は「中立」ではなくなった
かつて技術は、
- 経済成長のエンジン
- 国境を越えて共有される公共財
- 市場競争によって最適化される対象
として理解されてきました。冷戦終結後、とりわけ1990年代から2000年代にかけては、「グローバル化」と「技術の民生化」が不可逆的に進むと信じられていました。
しかし、この前提は2010年代に完全に崩れます。
AI、半導体、通信、量子、宇宙、バイオといった分野では、
- 軍事と民生の境界が消失(デュアルユース化)
- 国家権力が技術を直接的に動員
- 技術覇権がそのまま地政学的覇権に直結
する状況が顕在化しました。
このとき登場した概念が 「技術安全保障(Technology Security)」 です。
技術安全保障とは、
国家の安全・自律性・価値体系を脅かす形で技術が利用・流出・依存されることを防ぐための政策体系
を指します。
(2)経済安全保障との違い
混同されがちですが、両者は重なりつつも異なります。
| 概念 | 中心的関心 |
|---|---|
| 経済安全保障 | 資源・供給網・エネルギー・食料 |
| 技術安全保障 | 知識・設計・アルゴリズム・標準 |
技術安全保障は 「目に見えない資産」 を守る戦略であり、
単なる貿易管理や関税政策では対応できません。
2.なぜこの10年で技術安全保障が急浮上したのか
(1)中国の国家主導型技術戦略
最大の転換点は、中国の戦略変化です。
「市場経済の受益者」から「技術覇権国家」へ
2015年、中国は 「中国製造2025」 を打ち出しました。
これは単なる産業政策ではなく、
- 国家主導で先端技術を獲得
- 外国技術を吸収・模倣・代替
- 標準(スタンダード)を中国主導に転換
することを明確にした戦略でした。
自由主義諸国が衝撃を受けたのは、
中国が「自由市場のルールを利用しながら、自由市場を終わらせる側」に回った
と認識した瞬間でした。
(2)米国の認識転換と「技術冷戦」
2018年以降、米国は対中政策を大きく転換します。
- Huawei・ZTE排除
- 半導体輸出規制
- 人材・研究交流の制限
- 投資審査(CFIUS)の強化
ここで重要なのは、
米国は中国を「競争相手」ではなく「体制的挑戦者」と位置づけた
点です。
つまり問題は、
中国が強いこと
ではなく
中国が 「異なる価値体系を技術で拡張する」こと
にあったのです。
3.日中対立の本質:台湾ではなく「技術秩序」
(1)今回の日中対立は何を意味するのか
2025年の日中対立は、表面的には
- 台湾情勢
- 国会発言
- 外交的摩擦
として現れています。
しかし、構造的には 技術秩序をめぐる対立の一断面 です。
中国にとって日本は、
- 米国の同盟国
- 半導体・素材・装置の要
- 技術標準形成に影響力を持つ国
であり、「技術封じ込め網の要石」 です。
したがって中国の圧力は、
- 日本単独を屈服させるため
ではなく - 自由主義陣営の技術連携を分断するため
に行われています。
(2)「軍事衝突未満」の圧力=技術安全保障の戦場
現代の対立は、
- 戦争(hot war)
- 平和(peace)
の中間にあります。
この 「グレーゾーン」 において、
技術・経済・情報が主戦場となります。
- 輸出規制
- 市場アクセス
- 人材引き抜き
- 情報操作
これらはすべて 技術安全保障の問題 です。
4.韓国の「鵺的」立ち位置とは何か
(1)鵺とは何か(比喩の意味)
「鵺(ぬえ)」とは、
- 猿の顔
- 虎の手
- 蛇の尾
- 狸の胴
を持つ、日本の伝承上の怪物です。
ここで使われる比喩は、
どの陣営にも完全には属さず、
状況によって異なる顔を見せる存在
という意味です。
(2)韓国の構造的ジレンマ
韓国は以下を同時に抱えています。
| 領域 | 依存先 |
|---|---|
| 安全保障 | 米国 |
| 技術産業 | 日米+自国 |
| 市場 | 中国 |
| 政治感情 | 反日ナショナリズム |
特に半導体分野では、
- 製造:韓国
- 装置・素材:日本
- 設計・規制:米国
- 市場:中国
という 相互依存の塊 です。
韓国は「選べない」のではなく、
選ぶたびに何かを失う構造 にあります。
(3)なぜ韓国は一貫した態度を取れないのか
これは「意志の弱さ」ではなく、
- 地政学的位置
- 産業構造
- 国内政治(政権交代による路線変更)
による 構造制約 です。
そのため韓国は今後も、
- 原則では米国側
- 実利では中国側
- 感情では反日
という 多重人格的行動 を続ける可能性が高い。
5.自由主義諸国が直面する技術安全保障の核心課題
(1)「相互依存」はもはや安全ではない
かつては、
相互依存が戦争を防ぐ
と信じられていました。
しかし現在は、
相互依存が 脅迫の手段 になる
ことが明らかです。
技術分野では特に、
- 単一国依存
- 単一企業依存
- 単一標準依存
が 国家リスク になります。
(2)標準(スタンダード)の戦争
技術安全保障の核心は 標準化 です。
- 通信規格
- OS
- AI倫理
- データ管理
標準を制する者は、
- 市場
- ルール
- 思想
を制します。
中国は 技術そのもの以上に標準を狙っている。
6.今後の日本と自由主義諸国の技術安全保障戦略
(1)基本原則①:技術主権(Technology Sovereignty)
技術主権とは、
国家が自らの価値と安全を守るために、
重要技術の開発・運用・管理を自律的に行える能力
を意味します。
これは「自給自足」ではなく、
- 不可欠部分を他国に握られない
- 代替可能性を確保する
という意味です。
(2)基本原則②:信頼圏(Trusted Network)の構築
完全なブロック化は不可能です。
そこで必要なのが、
価値・法・透明性を共有する国同士での技術圏
です。
- 日米
- 欧州
- 豪州
- カナダ
- 台湾
などが中核になります。
(3)基本原則③:分野別戦略
すべてを守ることは不可能です。
したがって、
- 半導体
- AI
- 量子
- 宇宙
- サイバー
など 戦略分野を限定し、重点投資 する必要があります。
7.日本が特に果たすべき役割
(1)「技術の要石国家」としての日本
日本は、
- 素材
- 装置
- 精密加工
- 標準化人材
で 代替困難な位置 にあります。
これは軍事大国よりも
はるかに強力な影響力 です。
(2)「声を上げない戦略国家」からの脱却
日本はこれまで、
- 目立たない
- 事務的
- 裏方
で影響力を行使してきました。
しかし技術秩序の時代には、
価値とルールを言語化し、
明確に示す国家
でなければなりません。
8.結論:技術安全保障とは「未来の自由」を守る戦略である
技術安全保障は、
- 中国排除
- 対立煽動
- 経済ブロック化
のための政策ではありません。
それは、
自由・民主・法の支配が
技術によって侵食されない未来を守るための戦略
です。
今回の日中対立、そして韓国の鵺的立場は、
その困難さと重要性を浮き彫りにしています。
今後10年、日本と自由主義諸国が問われるのは、
技術を
「儲かるもの」として扱うのか、
「社会を形づくる力」として扱うのか
という根源的選択です。
その選択こそが、
次の世界秩序を決めることになるでしょう。
