科学技術と安全保障の関係性は、21世紀に入ってから特に密接になっており、単なる軍事技術の発展にとどまらず、経済安全保障や技術覇権、サイバー・宇宙・AIといった新たな領域に広がっています。以下にその現状の関係性を分析しつつ、未来のあるべき姿を概念整理してご提示します。
1.現状の科学技術と安全保障の関係性
(1)安全保障の対象の拡大と科学技術の多層的関与
かつて安全保障とは主に「軍事的脅威への対処」を意味していましたが、現代では以下のように対象が拡大しています。
| 安全保障の領域 | 関連する科学技術 |
|---|---|
| 軍事・防衛 | ステルス技術、誘導ミサイル、AI戦闘システム |
| 経済安全保障 | 半導体、量子技術、バイオテクノロジー |
| サイバー安全保障 | 暗号技術、ネットワーク監視技術、ハッキング対策 |
| 宇宙安全保障 | 衛星通信、宇宙監視、衛星破壊兵器(ASAT) |
| 気候・感染症・災害リスク | 気象モデリング、ゲノム解析、リモートセンシング |
科学技術は「国家の安全を脅かすもの」にも、「守るための手段」にもなる両義性を持っています。
(2)技術覇権と国家間競争の激化
米中の対立が象徴的ですが、特に次のような「基盤技術」をめぐる覇権争いが安全保障と直結しています。
- 半導体:高度兵器・AI・5Gの根幹を担う
- AI・機械学習:兵器自律化、偵察、情報解析に不可欠
- 量子技術:超高速通信、次世代暗号解読、ナビゲーションの独立化
- バイオ技術:病原体の特定・操作など、生物兵器や対策との関係性
- 宇宙・海底ケーブル等インフラ:情報通信の支配権と監視
これらの領域では、「軍民両用(デュアルユース)」性が高いため、民間技術の管理が国家戦略に直結するようになっています。
2.科学技術と安全保障における課題
(1)経済・産業と軍事の境界の曖昧化
- 民間企業による技術開発が軍事転用されるケースが増加(例:GoogleのAIが米軍ドローン計画に使用されたことへの社内反発)
- 「オープンサイエンス vs 国家の機密管理」のジレンマ
(2)科学技術者の倫理と国家
- 科学者・技術者の「発明の行き先」を完全にコントロールできない
- 防衛研究に関わるか否かは、倫理・良心の問題と直結(例:日本学術会議の防衛研究拒否方針)
(3)国家と企業、大学の役割分担のあいまいさ
- 基礎研究を担う大学と、安全保障を担う政府の価値観の差
- 米中のように「国家主導の産学連携」が進む一方、日本や欧州では価値の対立も多い
3.未来のあるべき姿
(1)「予防的安全保障」としての科学技術
科学技術を「対立の道具」ではなく、「リスク回避とグローバル連携の媒体」として活用する発想が重要。
- 感染症対策、気候変動対応、災害予測など「非軍事領域」での国際協力
- 国際科学技術協定の強化(例:パンデミック予測でのデータ共有)
(2)科学技術の倫理ガバナンス
- 科学者・技術者の倫理的自律性を尊重しつつ、政府・軍との対話の場を設ける
- 学術会議や国際機関が、軍民両用技術の「倫理審査」的な役割を持つべき
(3)経済安全保障と技術民主主義の両立
- 技術の囲い込み(デカップリング)だけでなく、「オープンで信頼される技術共有圏」(Trusted Ecosystem)の形成が必要
- 具体例:日米台欧による半導体サプライチェーン連携、AI倫理原則の共通化
(4)文民統制と科学技術政策の一体化
- 安全保障上重要な技術の開発・管理を、文民主導の法整備と透明性のもとに運営
- 国家安全保障戦略における「科学技術アドバイザー制度」の整備
4.科学技術と安全保障の関係性の変遷
| 時代 | 関係性 | 特徴 |
|---|---|---|
| 20世紀冷戦期 | 軍事技術中心(核・兵器) | 軍と政府主導。科学技術者は国家計画の一部として従属 |
| 21世紀前半(現在) | 民間技術の軍事利用(デュアルユース) | AI・バイオ・量子などが民間主導で発展、倫理問題が浮上 |
| 未来(あるべき姿) | 技術のガバナンスと国際協調 | 科学者・市民社会も参加する、安全・倫理的な技術管理体制 |
5.科学技術は「力」ではなく「関係性」へ
科学技術は、国家の力の象徴であると同時に、国家間・社会間の「関係性のインフラ」とも言えます。
- 「力としての科学技術」は、覇権争いや軍拡競争をもたらす。
- 「関係性としての科学技術」は、相互信頼・協力・倫理の構築を促進する。
したがって、今後の安全保障政策には、「科学技術をいかに使うか」「いかに信頼を築くか」を問う民主的で包摂的な議論が不可欠です。
